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東京地方裁判所 昭和45年(ヨ)2403号 決定

債権者

沼沢繁作

右訴訟代理人

古瀬駿介

外四名

債務者

石川島播磨重工業株式会社

右代表者

田口連三

右訴訟代理人

鎌田英次

外一名

主文

1  債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者に対し金一三〇万円および昭和四七年四月以降本案の第一審判決言渡まで毎月二五日かぎり金六万八、〇〇〇円ならびに右賃金月額を基準として賃金協定によつて定まる夏期および年末一時金を各支払日に仮に支払え。

3  債権者のその余の申請を却下する。

4  訴訟費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の求める裁判

一債権者

「1 債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮りに定める。

2 債務者は債権者に対し金一七四万〇〇八四円および昭和四七年二月以降本案判決確定まで債務者会社の就業規則その他賃金に関する諸規定に従つて定まる賃金および夏期、年末各一時金を、各支給日に仮に支払え。

3 訴訟費用は債務者の負担とする。」

二債務者

「債権者の本件申請をいずれも却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。」

第二当裁判所の判断

一債権者は秋田県立横手工業高校を卒業後昭和三七年三月二二日債務者会社に雇用され、昭和四五年一月当時債務者会社化工機事業部配管設計部配管設計一課に所属し、江東区豊洲三丁目二番一六〇号所在の債務者会社豊洲綜合事務所に勤務していたこと、

債権者は昭和四五年一月一四日債務者会社において勤務中、昭和四四年一一月の佐藤首相訪米阻止反対闘争における公務執行妨害罪、凶器準備集合罪の容疑で逮捕され、勾留されたこと、右両罪名により昭和四五年二月四日東京地方裁判所に起訴され、同年七月六日保釈により釈放されるまで約六ケ月間にわたり勾留を続けられていたこと、

その間債権者は同年一月一八日付で、斉藤浩二弁護士を代理人として「不当逮捕により勾留されて出勤できない」旨の休暇届を債務者会社の配管設計二課長宛に郵送したが、債務者会社は同年二月三日豊洲人事課長名で、斉藤弁護士宛に、右休暇届は不当逮捕、不当勾留を理由としているので受理できないとして返送してきたので、債権者はあらためて同月六日(不当)の文字を削除した上「逮捕、勾留により出勤できない。勾留の解け次第直ちに出勤する」旨の休暇届を斉藤弁護士を代理人として債務者会社に郵送したこと、

債務者は同年五月七日付書面をもつて債権者に対し、「債権者は同年五月四日付で、債務者会社就業規則八〇条一項2号および八四条に基づいて、事故欠勤による休職期間満了により従業員の資格を喪失した」旨通知してきたこと、右通知によれば、債権者の申出による一月一四日から三月三日までの間年次有給休暇の取扱い(三九日間)以後の措置として、

「三月四日〜四月三日まで 事故欠勤

四月四日より五月三日まで事故欠勤による休職」とされていること、なお債務者は五月六日に債務者会社労働組合にも債権者者に対し右の措置をとつたことを通知したこと、

債権者は前記保釈後の同年七月九日債務者会社に赴き、就業を申し出たが、債務者はこれを拒否したこと、

以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そこで、債務者が債権者に対してした昭和四五年四月四日付の本件休職処分の効力について判断する。

1  疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。

(一) 債務者会社の就業規則およびそれに基づく休職規程、労働協約には、休職処分などに関し次のように規定されている。

〔就業規則〕

第七七条従業員が次の各号の一に該当するときは休職させることができる。

(1) 会社の都合により会社外の職務に従事するとき。

(2) 会社が認めて公共団体その他の公職に従事するとき。

(3) 組合業務専従者となつたとき。

(4) 事故欠勤が引続き三〇日以上に及ぶとき。

(5) その他前各号に準ずるとき。

2  前項の場合および業務外の傷病による休職の取扱いその他については別に定める。

第八〇条従業員が次の各号の一に該当するときは退職する。

(1) 定年は満五七才とし定年に達したとき。(但書省略)

(2) 休職期間満了のとき。

(2、3項省略)

第八四条従業員が次の各号に該当するときは従業員としての資格を失う。

(1) 死亡したとき

(2) 懲戒解雇されたとき。

(3) 休職期間が満了したとき。

(4) 解雇されたとき。

(5) 停年退職したとき。

((6)、(7)省略)

〔休職規定〕(就業規則七七条二項に基づく細則)

第一条就業規則七七条に基づく休職については、この規定の定めるところによる。

第二条従業員が次の各号に該当するときは休職させることがある。

(1)ないし(4)就業規則七七条①(1)ないし(4)に同じ。

(5) 業務外の傷病により引続き三ケ月をこえて欠勤したとき。

(6) その他前各号に準ずるとき。

第三条前条の休職期間は次のとおりとする。

(1) 前条第1号および2号の場合 在任期間

(2) 前条第3号の場合 専従期間

(3) 前条第4号の場合 一か月、

(4) 前条第5号の場合 六か年

(5) 前条第6号の場合 必要な期間

2、前項第4号の場合において会社指定医師の診断により一か年以内に復職可能のときは、一か年以内に限り休職期間を延長することがある。

第五条休職手続は次のとおりとする。

(1) 第二条第二号の休職は、所定の様式により、その理由を付して所属上長を経て届け出る。

(2) 第二条第三号の休職は別に定めるところによる。

(3) 第二条第4号および第六号の休職は、その都度定める。

(4) 第二条第五号の休職は、所定の様式に医師の診断書を添え所属上長をへて届け出る。

第六条休職中休職事由が消滅したときはただちに復職する。

2、復職するときは、あらかじめその旨を所属上長を経て届け出る。ただし、第二条第五号の休職の場合は指定医師の診断を受ける。

第七条第三条第三号および第四号の休職期間が満了しても復職できないときは退職する。

第八条休職期間中の賃金は次のとおりとする。

(1) 第二条第一号および第六号の休職はその都度定める。

(2) 第二条第二号、第四号および第五号の休職は賃金を支給しない。

〔休職に関する協定〕

第一条 休職事由 休職規程第二条に同じ

第二条 休職期間 同第三条に同じ

第四条 休職手続 同第五条に同じ

第五条 復職および手続 同第六条に同じ

第六条 休職期間の満了 同第七条に同じ

第七条 休職期間中の賃金同第八条に同じ

(二) なお、就業規則には欠勤、懲戒解雇、解雇等に関して次のような規定がある。(本件処分当時における規定による。)。

第四一条傷病その他やむをえない事由のため欠勤するときは所定の手続により所属上長に届出なければならない。ただし、やむをえない事由によりその暇のないときは、事後すみやかに届出なければならない。

(2項省略)

第四二条第二九条の定めは欠勤の場合にもこれを適用する。

第二九条次の各号の事由のため、やむをえず遅刻、早退または外出するときは事故扱いにしない。

(1) 業務上負傷しまたは疾病にかかり療養を要するとき。

(2) 選挙権その他公民としての権利を行使し、または会社が認めて公共団体その他の公職に就いた者が、あらかじめ許可を受けて公共団体等の職務に従うとき。

(3) 証人、鑑定人、参考人、もしくは陪審員として裁判所に出頭するとき、またはこれに準ずるとき。

(4) 伝染病予防のため就業を禁止され、または交通を遮断されたとき、ただし本人が罹病した場合を除く。

(5) 交通事故またはこれに準ずるとき。

(6) 天災事変その他これに類する災害の為、特に必要と認めたとき。

(7) 会社が認めて、体育会または文化会から出場するとき。

(8) その他前各号に準じ必要と認めたとき。

第七五条従業員が次の各号の一に該当するときは、懲戒解雇に処する。ただし、情状により出勤停止または減給にとどめることがある。

(1) 正常な理由なく無断欠勤引続き一四日以上に及ぶとき

(2) 刑罰法規に違反し有罪の確定判決を受けたとき。

第七八条従業員が次の各号の一に該当するときは、三〇日前に予告して解雇するか、三〇日分の平均賃金を支給して即時解雇する。

(1) 精神または身体の障害により業務に堪えられないと認めたとき。

(2) 能率が著しく不良なとき。

(3) 事業上の都合によるとき。

(4) その他前各号に準ずるとき。

2、前項の規定は、第七五条の規定による場合は適用しない。

債権者の本件退職後である昭和四五年一〇月一日就業規則が改訂され、右第七五条(懲戒解雇)(2)は、

第七七条

(2) 刑罰法規にふれ、犯罪事実が明白なとき。

と改められた。

(三) 債務者会社における、事故欠勤休職の運用状況(主として昭和四〇年以降)は、勤労部長の調査によるとおおむね次のとおりである。

事故欠勤休職の事例は一一例で、そのうち、休職期間満了により退職となつたもの七例、休職期間満了前に依願退職したもの四例であり、これらの欠勤理由は、英会話勉強のため自費渡英一例、郷里の家族の病気、死亡のため帰省三例、相続問題をめぐる紛争処理のため一例、郷里の家屋の復旧作業のため帰郷一例、理由不明で帰省したままのもの一例、夜間大学受験のため一例計七例で、残りの四例は欠勤理由が明らかでない(うち一名は、欠勤前に上司に対し退職を申し出ており、一名は後日他社に就職したことが判明している。)本件のような刑事事件に関し逮捕、勾留のためというものはみあたらない。(本件と同様、逮捕、勾留されたため、事故欠勤扱いとなつた事例は屡々あるが、比較的短期間で釈放され、休職に付された例は本件がはじめてである。)もつとも債務者会社は昭和三五年一二月に石川島重工業株式会社と株式会社播磨造船所とが合併して設立されたものであるが、右石川島重工当時の従業員一名が昭和二七年五月いわゆるメーデー騒乱事件で逮捕勾留の上起訴され約一一ケ月勾留されたが、石川島重工の就業規則等には事故欠勤休職の規定がなく、右の者は休職処分に付されず、保釈出所後も勤務を続けていたという事例がある。ちなみに、播磨造船の就業規則中には、本件と同様な「自己都合による欠勤一ケ月をこえるとき」休職を命ずる旨の規定があり、これが債務者会社の就業規則等に事故欠勤による休職としてとり入れられたものである。

しかして、債務者会社では、事故欠勤休職の事由である「事故欠勤」とは、「欠勤届を提出した者の中から業務外傷病による者を除外したものを意味し、欠勤の事由については別に問わない」と解釈して運用している。欠勤に際し、欠勤届が従業員本人から提出されなくても、本人の家族や同僚等から、その旨の届出ないし申告がなされた場合にも債務者会社では無断欠勤の取扱いにせず、かつ本人に年次有給休暇が残存しておれは、その日数分は年次有給休暇扱いとし、それを費消した後の日数について事故欠勤扱いとして処理しており、また事故欠勤による休職に付するについて、機械的に処理し、欠勤者の事情によつて裁量を働かせる措置はとつていなかつた。

なお前記就業規則第七七条一項5号のその他前各号に準ずるとき」の事例は極めてまれで、昭和四三年頃西パキスタンのカラコルム探険隊隊長となつた者について六九日間の休職を認めた事例があるが、その場合も社員本人が理由と期間にして申請し、債務者はその社会的意義を認めてとくにこれを休職として取扱つた。右休職期間である「必要な期間」は本人の都合のみで認めるのではなく、債務者会社において不就労を相当と認める期間に限られ、その期間を明示して休職を命じる取扱いがなされた。

2  債権者は、債務者のした本件休職処分は前記就業規則労働協約の解釈適用を誤つたものであつて、無効である旨主張する。

(一) 本件休職処分の休職事由である「事故欠勤」とは前示就業規則、休職に関する協定の規定からみると、債務者主張のように、「就業規則第四一条により欠勤届を提出した者の中から、同第四二条により無事故扱いとされるものと業務外傷病によるものを除外したものを指し、欠勤の理由ないし事情は問わない」と解せられないではない。

債権者は、本件のように刑事事件による逮捕、勾留のため就労不能の場合は、就業規則第四二条、第二九条3号(証人等として裁判所への出頭等)あるいは8号(その他前各号に準ずる場合)に該当するから無事故扱いとすべき旨主張するが、第二九条3号は、労働者が公民としての義務履行する場合ないしそれに準ずる場合について、また8号は、前各号に規定する業務上の傷病・公民権の行使、公民として義務履行・本人の責に帰すべからざる事由や不可抗力に準ずる事由・会社が予め承認した特別の場合等に準ずる事由について無事故扱いとする旨規定したものであり、それらの規定の趣旨からして、本件のような刑事事件による逮捕・勾留の場合と同視しえないことは明らかであり、右主張は到底採用できない。

しかし、前示就業規則、休職規程および労働協約の休職に関する規定によれば、事故欠勤休職は、業務外傷病を除く、従業員の自己都合による長期欠勤という事態について、使用者が企業経営上雇用契約を維持しえず、解雇すべき場合(通常解雇相当な場合)に、なお一ケ月の休職期間を限つて雇用契約の終了を猶予し、右期間内に休職事由(長期欠勤)が消滅すれば復職させるが、右期間満了までに休職事由が消滅しないときは、当然に雇用契約を終了させる制度であり、このような事故欠勤休職の趣旨、目的や効果からみると、規定上休職期間満了の効果として自然退職とされ、解雇とは異なるものとされているとはいえ、事故欠勤休職が実質上解雇猶予処分の機能をもつことは否定できない。傷病欠勤による休職については休職期間が六ケ年とされ、一年の延長も可能とされているのに対比し、事故欠勤休職は、その休職期間が、解雇予告期間にも対応する、一ケ月というきわめて短期間であり、解雇猶予処分の性格を明瞭に示しているといえる。

そうであれば、この種休職処分に付する時点においても、当該欠勤によつて雇用関係を終了させることが妥当と認められる場合、あるいは通常解雇相当な場合であることを要すると解すべきである。さもないと、この種休職処分に付することにより、実質上解雇の制約を免れることになるからである。而して、一般に労働者の自己都合による長期欠勤で、将来の就労の見通しもたたないようなときは、通常解雇を相当とする場合ということができる(現に債務者会社において、過去に事故欠勤休職に付し、退職した事例はいずれも通常解雇相当な事案と認められる。)。

ところで、本件のような刑事事件による逮捕・勾留のための長期欠勤も、労働者個人の行為に起因し、かつ長期欠勤状態の継続という客観的事実からすれば、他の自己都合による長期欠勤と異ならない。

債権者は不当な逮捕・勾留により自己の意に反して長期身柄を拘束されたため就労不能となつたものであるから「事故欠勤」にあたらない旨主張するが、かりに逮捕・勾留が不当であつたとしても、それによる就労不能について使用者が受忍すべき筋合とは考えられないから、右主張は採用できない。

しかしながら、逮捕・勾留による就労不能については、他の一般の自己都合による長期欠勤と同様に、ただちに通常解雇相当な場合とみることには疑問があるといわなければならない。前示就業規則によれば、有罪判決の確定まで懲戒解雇はなしえないが、それはともかく、有罪判決がなされる以前の段階で、長期勾留による欠勤という客観状態のみに着目して雇用関係を終了させることは、事柄の性質上問題があるからである。その場合に、刑事事件の性質、保釈の可能性等をも検討する必要がある。刑訴法六〇条にいう権利保釈の認められない重罪事件等の場合は、格別、本件のように、事件の性質上、将来保釈の可能性はあり、労働者が保釈後就労する意思を明示しているような場合においては、長期勾留という事由のみで通常解雇を相当とするとはいいがたい。

本件のような刑事事件による起訴、長期勾留という事態に対処するため、起訴休職制度を設けている企業も多いが、有罪判決あるまで労務の正常な提供の確保、職場秩序維持の見地から、雇用契約は存続させながら、労働者を就業から排除するというこの制度自体の合理性は一般に肯定することができる(起訴休職の休職期間について一定期間を定め、その期間満了と同時に退職とする規定をおくことは合理性を欠く)。債務者会社のようにかかる起訴休職制度が設けられていない場合において、事故欠勤休職に付し、その効果として有罪判決前に短期間で雇用契約を当然終了させてしまうことは、起訴休職制度が存し、その適用がなされる場合と対比しても不均衡感を免れえない。

なお、本件のような長期勾留による就労不能の事態について、使用者が拱手傍観しなければならないわけではなく、前示就業規則第七七条一項5号、協約第一条6号にいう「その他前各号に準ずるとき」に、具体的には事故欠勤に準ずる事由に該当するものとして休職処分に付することは可能であり、その場合休職期間である「必要な期間」は具体的には保釈までの期間をいい、休職期間中の賃金は事故欠勤に準じ不支給として取扱うことができるというべきである。

以上の考察からすれば、本件のような刑事事件による逮捕・勾留のための長期にわたる就労不能について、形式的に「事故欠勤」に該当するものとしてした債務者の本件休職処分は就業規則の解釈、適用を誤つたものとして無効といわざるをえない。

3  かりに、就業規則等の解釈上本件のような場合も「事故欠勤」による休職処分をなしうると解しても、前示就業規則等の規定の体裁からみて、休職処分に付するかどうかは使用者の裁量に委ねられているものと解される。債務者は事故欠勤休職は不就労状態の継続という客観的事実に基づく処分であつて、その性質上裁量の余地はなく、従来も画一的に運用してきた旨主張するが採用しがたい。

そしてその裁量に当つては、事故欠勤休職のもつ前記重大な効果を当然考慮に入れるべきである。刑事事件未済の間に(有罪判決前において)、当然に雇用契約が終了することを容認するためには、刑事事件の性質、態様、それによる職場秩序への影響の度合、将来の就労の可能性等を慎重に検討して決しなければならないと考えられる。

しかして本件の前記具体的事実関係を検討すると、債務者のした本件休職処分は右の裁量権行使の範囲を著しく逸脱したもので無効と解するのが相当である。なお債務者は、本件の場合、債権者に残存する有給休暇を全てくみ入れたのちにはじめて事故欠勤休職に付するなど配慮したというが、かかる取扱いは本件にかぎらず、従来の事故欠勤休暇の処理において例外なく行われていたことは前記認定のとおりであつて、本件のみについてとくに配慮したわけではない。

三右に述べた理由により、本件休職処分は、爾余の点について判断するまでもなく無効と認められるから、債権者は債務者に対し雇用契約との権利を有するものといわなければならない。

そして債務者が昭和四五年七月九日以降債権者の就労申出を拒否していることは当事者間に争いがないから、債権者は右日時以降賃金請求権を失わないというべきである。

疎明によれば、債権者の本件休職処分前における賃金月額は、時間外給を含め、昭和四四年一一月分金四万三、〇九九円、一二月分金四万四、七二四円、昭和四五年一月分金四万五、八二二円であつたこと、当時の時間外労働は一ケ月少なくとも二〇時間であつたこと、昭和四五年八月以降の賃金額は、昭和四五年度加給率を六二パーセントとし、かつ時間外労働の時間数を右同様二〇時間とみて算出すれば、別紙のとおりであること、また昭和四五年度末一時金、昭和四六年度の夏期一時金および年末一時金の支給率は少なくとも基準賃金月額の二ケ月分であることが一応認められる。

四保全の必要性

疎明によれば、債権者は賃金を唯一の生活手段とする労働者であることが認められるから、賃金の支払を受けられないときは生活に困難をきたし著しい損害を蒙るおそれがあるものと推認できる。

しかして、債権者が復職可能となつた昭和四五年八月以降昭和四七年三月末日までに弁済期の到来した過去の賃金請求権については賃金月額金五万円の限度で、一時金については昭和四五年度の年末一時金、昭和四六年度の夏期および年末一時金については右賃金月額の各二ケ月分の限度で、従つて総計金一三〇万円(算式五万円×二六)、昭和四七年四月以降本案の第一審判決までは、基準賃金月額金六万八、〇〇〇円および右賃金月額を基準として賃金協定によつて定まる夏期および年末一時金の限度で保全の必要性を認めうるが、それ以上の賃金債権については保全の必要性を認めがたい。

五結論

よつて債権者の本件仮処分申請はその被保全権利および右限度において保全の必要性の疎明があるものというべきであり、債権者に保証をたてさせないでこれを認容し、その余の申請については保全の必要性が認めがたいのでこれを却下し、訴訟費用は債務者に負担させることとして主文のとおり決定する。

(吉川正昭)

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